嶋浩一郎
博報堂ケトル ファウンダー/編集者/クリエイティブディレクター
1968年東京都生まれ。1993年博報堂入社。2004年「本屋大賞」立ち上げに参画。2006年、既存の広告手法にとらわれないコミュニケーションを実施する「博報堂ケトル」を設立。2012年、内沼晋太郎との共同事業として東京・下北沢に本屋B&Bを開業。著書に『嶋浩一郎のアイデアのつくり方』『企画力』『人が動く ものが売れる編集術 ブランド「メディア」のつくり方』など。
【本屋B&B】https://bookandbeer.com/
ラジオみたいに、生活にすっと入ってくるもの
奥谷孝司(以下、奥谷):今日はよろしくお願いします。Super Normalでは、日本各地、あるいは世界中にある「優れたふつう」を見つけて、商いを通して世の中に伝えていきたいと思っています。
嶋さんにはずっと憧れがあるんです。広告もやるし、クリエイティブもやるし、本屋という小売の現場もやっている。しかもB&Bは、ただ本を売るだけではなくて、場の編集もされていますよね。
僕らも、Super Normalを自分たちだけのブランドにしたいというより、優れた作り手と感度の高いお客さまをつなぐ編集者のような役割になりたいと思っています。
まず、嶋さんにとって「優れたふつう」という言葉は、どんなふうに聞こえますか。
嶋浩一郎(以下、嶋):僕はラジオが好きなんですけど、ラジオみたいな感じだと思いました。
奥谷:ラジオですか。
嶋:ラジオって、うざくないじゃないですか。勉強しながらとか、料理しながらとか、ふつうに横に寄り添っていて、自然に入ってくる。
ラジオのワイド番組って、今晩の夕食を何にするかみたいな、ある種どうでもいい話で30分くらい話せたりするんです。ささいなことだけど、愛おしい。日常にちょっとマジックがかかる。そういう感じが、Super Normalに近いなと思いました。生活にすっと入ってくるものですね。
奥谷:それはすごく嬉しいです。Super Normalも、すごく目立つものを作りたいというより、気づいたら生活に入っているものを大事にしたいと思っています。
これからの街の本屋を作る
奥谷:そういう意味ではB&Bも「優れたふつう」が集まっている場所のように感じます。本は身近なものだけれど、手に取ると知らない世界に入っていける。ここは本屋でありながら、ビールも飲めるしイベントもある。どういう意図でこの場所を作られたんですか。

嶋:B&Bのコンセプトは「これからの街の本屋」です。
とんがった場所を作ろうと思ったわけではありません。昔は、私鉄沿線の駅前商店街に街の本屋がありましたよね。小さな本屋でもそこには世界が詰まっていた。
スポーツの本も、園芸の本も、宇宙の本も、経営の本も、哲学の本も、恋愛小説もある。30坪くらいの小さな本屋でも知らない世界と出会える場所だったんです。
でも、今の書店のビジネスモデルではそれを維持するのが難しくなっている。では、今の時代に街の本屋をビジネスとして成り立たせるにはどうすればいいのか。それを試すために作ったのがB&Bです。
奥谷:本を売るだけではなく、イベントをやったりビールを売ったりするのも、そのためなんですね。
嶋:そうです。街の本屋をサステナブルに続けるためには、本だけを売っていては難しい。
僕らの師匠のような存在である、京都・一乗寺にある恵文社の堀部篤史さん(当時の店長)から多くのことを教わりました。恵文社って本当に素晴らしい品ぞろえなんですけど、同時に生活に馴染んでいるんですよ。店の前にママチャリがたくさん停まっていて、近所のお母さんたちがふつうに絵本を買って帰る。
それがいいんです。日常に馴染んでいる。僕にとってはそれもラジオなんですよね。
奥谷:特別な場所なんだけど、ちゃんと街の生活の中にある。
嶋:そうですね。下北沢に本屋を作ると言うと、「アートブックや写真集に特化した本屋ですか」と聞かれることもあります。でもそうではありません。
あらゆるジャンルの本がある。街の本屋としての機能をちゃんと果たす。新刊だけではなく、「これは読んでおいた方がいい」という本も、できるだけ置くようにしています。
事件は現場で起きている
奥谷:嶋さんは広告やコミュニケーションの仕事をされている立場で、なぜ小売の現場までやろうと思ったんですか。やっぱり体験づくりが好きだからですか。
嶋:事件は現場で起きている、ということですかね。
奥谷:なるほど(笑)
嶋:本屋をやっていると、すごくベタなことが体感できます。たとえばワールドカップやオリンピックの前に、国旗の本を目につくところに置いておくと売れます。開会式でいろんな国の国旗を見るから、知りたくなる人が増えるんです。
雪が降ると雪の結晶の本が売れたりする。そういうことが現場にいるとわかる。
奥谷:現場がもっともマーケティングを体感できる場ということですね。
僕も最近、ものを売るには「プロダクト・アズ・ア・サービス」にしていく必要があると思っています。商品そのものだけではなくて、どう売るか、どう体験してもらうか、どうコミュニティを作るかまで含めて考えないといけない。
B&Bは最初から、ビールやイベントも含めて体験設計されていますよね。そこがすごく面白いです。
本棚は、お客さまが作っている
奥谷:B&Bでは「誰が選書しているんですか」と聞かれることも多いんじゃないですか。
嶋:よく聞かれます。もちろん書店員が本を選んで発注するんですけど、僕は本屋はお客さまが作っていると思っています。
奥谷:とても興味深い観点です。どういうことでしょうか。
嶋:本にはスリップが入っていますよね。本が売れると、それが抜かれてレジのところに置かれる。毎晩それを見ると「ああ、こんな本が売れたんだ」とわかる。
そうすると、次にどんな本を注文しようかと考えるわけです。いい本を買ってくれる人がいる街には、いい本が続々と注文される。
だから、この本棚は本屋が作っているように見えるけれど、実はお客さまが作っているんです。
奥谷:お客さまの行動で、本棚が変化し続けているのですね。
嶋:もちろん、本屋としての大きな選書の方針や枠組みはあります。でも、最終的にはお客さまがあっての本棚です。
堀部さんから教わったのは、本屋の本棚は一人で作ってはいけないということでした。一人の本好きが作ると、バチッとした本棚はできる。でも、手をつけてはいけないガラスケースみたいなものになってしまう。
だからといって、経済本はあなた、文学はあなた、と担当制にして分けてしまうのもよくない。良い本屋は全部の本を店員全員でいじる。売れた本のあとに何を入れるかも、みんなが考える。
そうすると、みんながほしい本棚になっていくんです。
奥谷:本棚のデザイナーは、お客さまでもあるんですね。
嶋:そのとおりです。本屋の本棚のデザイナーはお客さまです。
ブランドはカリフォルニアロールになる
奥谷:嶋さんは、よく「ムダ」や「辺境」から新しい発想が生まれるという話をされていますよね。ブランドやものづくりについては、今どんなことを考えていますか。
嶋:最近よく言っているのは、「ブランドはカリフォルニアロールになる」ということです。
昔のブランドは、経典みたいなものだったと思うんです。「俺の言った通りにやれ」という感じですね。
でもカリフォルニアロールって、寿司職人がアメリカ人に寿司を教えたら、アボカドを入れたり、サーモンを使ったりして、原理主義者から見ると「全然わかってないじゃん」と言いたくなるものですよね。
でも、今は「いいね、それも寿司だね」と許容されている。その方が文化は広がると思うんです。
奥谷:最初は異端だったものが、「ふつう」なものとして根付いていく。
嶋:徹底的に言った通りに作らないと認めない、ということではなくて、「あなたの解釈と創意工夫もいいかもね」と許容する。今のブランドには、その度量が必要だと思います。
アイデアの最初の作り手はもちろん大事です。作り手がキングではある。でも、スーパーキングではない。
Zoomは会議のために作られたけど、オンライン飲み会や合コンにも使われた。どん兵衛は5分で食べるものとして作られたけど、10分どん兵衛がおいしいと言う人が出てきた。ジップロックは食べ物を保存するために作られたけど、お風呂でスマホを使うために使われたりする。
奥谷:まさにユーザーイノベーションですね。用途開発です。
嶋:そうです。本屋も同じで、本屋よりお客さまの方が優れていると思っていた方がいい。
マーケターがキングだと思わない方がいい。自戒も込めて、いつもそう思っています。
解釈が生まれるから、文化になる
嶋:解釈ってすごいんです。解釈するから文化になる。
言われた通りに使っている間は、まだ文化ではない。使う人の解釈が生まれるから、文化として広がっていくんです。
そういう意味で、Super Normalは取扱説明書がない方がいいと思います。
奥谷:それはすごく良いですね。
嶋:取扱説明書があまりない方が、受け手のクリエイティビティが発動すると思うんです。
奥谷:僕も、Super Normalは答えではなく態度だと思っています。「優れたふつうって何ですか」と聞かれても、実は一つの定義はできない。
でも、「この領域における超ふつうはこれだと思う」と示すことはできる。それは主観でいいし、むしろ主観があるから面白い。
嶋さんの話を聞いていて、Super Normalも使う人や受け取る人が解釈できる余白を残した方がいいんだなと思いました。
日本のものづくりは、もっと正当な価格でいい
奥谷:日本のものづくりには優れたものがたくさんあると思います。一方で、うまく伝わっていなかったり、正しく価値がついていなかったりするものも多い。嶋さんは、そのあたりをどう見ていますか。
嶋:日本のものづくりは素晴らしいと思います。痒いところに手が届く。
ただ、デフレ化してしまっているところがあると思います。買い手が強すぎるというか、売り手と買い手がもっとイコールな関係になってもいい。そこのバランスが少しずれている気がします。
奥谷:もっと正当な価格がついていい、ということですね。
嶋:そうです。優れているのに、もっと正当な価格がついていいものがたくさんある。
日本の課題はプライシングだと思います。マーケティングの4Pの中でもプライスが一番大きな課題かもしれません。
お客さまに気を使いすぎているというか、マーケットにサービスしすぎているところがある。値段でサービスする必要はないんじゃないかと思います。
奥谷:そこは僕も考えています。Super Normalでは、「わけあって高い」ものをちゃんと出していきたいんです。
安くするのではなく、なぜその価格なのかを伝える。環境に配慮しているから高い、作り手にきちんと還元したいから高い、長く使えるから高い。そういう理由を、押しつけではなく、ちゃんと魅力として伝えたい。
Super NormalではMEGURUという日本酒を販売していますが、サステナブルな酒米づくりや認証の話を堅く伝えるだけだと、どうしても難しくなってしまう。でも、まず見た目がかっこいいとか、飲んだ後にボトルを飾っておきたいとか、そういう入口があってもいいと思うんです。
嶋:それはいいですね。価値があるものは、その価値に見合った価格が設定されるべきだと思っています。
すべてのものは、進化の途中にある
奥谷:Super Normalは、作り手、売り手、使い手が一緒に価値を作る「コモングラウンド」のような場になりたいと思っています。
もし嶋さんがSuper Normalの編集者だとしたら、まず何をやりますか。あるいは、何をやらない方がいいと思いますか。
嶋:「取扱説明書を作らない」という話にも近いですが、すべてのものは進化の途中にある、ということを伝えたいですね。
『フォークの歯はなぜ四本になったか』という本があるんです。昔は一本の櫛のようなもので食べ物を刺していた。でも、それだと落ちてしまう。二本にすると挟める。さらにいろいろな食事を食べる中で進化して、四本がスパゲッティや野菜を食べるのにちょうどいい形になった。
ゼムクリップも、最初は針で紙を留めていたところから、「これを曲げたら挟めるんじゃないか」と進化していった。
奥谷:日用品が、どうやって今の形になったかという話ですね。
嶋:そうです。その本を読んで気づいたのは、今の形が最終形ではないということです。
本屋も同じです。ふつうの人から見ると、本屋は毎日同じように見えるかもしれない。でも、2万冊の本があって、500冊売れたら、翌日そこに違う本が入る。実は、本屋は毎日少しずつ変わっているんです。
ガウディの建築のように少しずつ変わっていく。Super Normalも実は変わるものだと思います。
奥谷:優れたふつうは、完成品ではなくて進化の過程にある。
嶋:そうです。Tシャツ、フォーク、ゼムクリップ、鉛筆。もう進化が終わったと思われているものでも本当はまだ変わるかもしれない。そう思った方が世の中は楽しくなると思います。
奥谷:まさにジップロックもそうですよね。作られた用途とは別の使われ方をして、進化しています。
Super Normalも、「これが正解です」と決めるのではなく、使う人によって育っていく余地を残した方が良いのだと思いました。
バズよりも長く使われるものへ
奥谷:Super Normalは答えではなく態度だと考えていると先ほど話しました。その態度を世の中に広げていくには、どうしたらいいと思いますか。
嶋:これからの時代は少し変わっていくと思います。
今まではインフルエンサーを参考に買い物をする人が多かった。でも、これからAIに聞いて買い物をする人が増えていく。かなりざっくり言えば、気分の消費から合理の消費へ少し振り子が戻る感じがあると思います。
そのときにバズって一気に人気が出るものよりも、長年多くの人に愛されて使われているものの方が有利になると思います。
奥谷:本質をついたものが売れ続けるということですね。
嶋:そうだと思います。
奥谷:そこは、Super Normalとしてもぶらさないようにしたいです。目先の話題性だけではなくて、ちゃんと長く使えるもの、長く付き合えるものを出していく。
変化を楽しむ目を持つ
奥谷:最後に、AIの時代も含めて、これから10年でいろいろなものが変わっていくと思います。その中で、守るべきふつう、変えるべきふつうはどんなものだと思いますか。
嶋:守ろうとしすぎなくてもいいと思います。
いいものは進化する。進化するのは必然です。時代が変われば、人の欲望も変わるし生活も変わる。その中で使われていく道具も変わる。
多くの人の手や経験を経て磨かれていくことで、それがふつうになっていく。だから進化を楽しむこと。本質を見る目を養うこと。その方が大事だと思います。
奥谷:進化を楽しむ。そのためには、何が大切なんでしょうか。
嶋:自分に正直になることじゃないですかね。
惑わされずに、自分が気持ちいいことを追求する。それがすべてなんじゃないかと思います。
奥谷:広告やコミュニケーションは、これからどう変わっていくと思いますか。
嶋:コミュニケーション自体はなくならないと思います。
ただ、昔はメディアというみんなが見る場所にある枠を買って、そこにメッセージを入れることが広告でした。その形はどんどん変わっていくと思います。
これからは、事業そのものやコンテンツが広告に取って代わっていく。広告産業に関して言えば、そういう変化は起きていくと思います。
奥谷:その変化の中から、また新しいコミュニケーションのふつうが出てくるんでしょうね。
今日は本当にありがとうございました。嶋さんと話していて、Super Normalがやるべきことが少し見えた気がします。
B&Bの本棚のように、Super Normalも作り手とお客さまと一緒に変わっていける場所にしていきたいと思いました。
嶋:それがいいと思います。Super Normalフレンズが増えていく感じですね。
奥谷:そのような同じ想いの仲間を増やしていきたいと思います。