わたしの「超ふつう」#03

廣瀬俊朗 × 天野芳恵 × 奥谷孝司 鼎談

「”当たり前”を、もう一度おいしく」。
大切にしたい食のふつう。

廣瀬俊朗
株式会社HiRAKU 代表取締役

1981年生まれ、大阪府吹田市出身。5歳からラグビーを始め、大阪府立北野高校、慶應義塾大学、東芝ブレイブルーパスでプレー。
東芝ではキャプテンとして日本一を達成した。2007年には日本代表選手に選出され、2012年から2年間はキャプテンを務めた。
現役引退後、MBAを取得。ラグビーW杯2019では国歌・アンセムを歌い各国の選手とファンをおもてなしする「Scrum Unison」や、ドラマ「ノーサイド・ゲーム」への出演で大会を盛り上げた。同2019年、株式会社HiRAKU設立。
現在は、スポーツの普及だけでなく、教育・食・健康に関する活動や、国内外の地域との共創に重点をおいたプロジェクトにも取り組み、全ての人にひらけた学びや挑戦を支援する場づくりを目指している。2023年2月、神奈川県鎌倉市に発酵食品を取り入れたカフェ『CAFE STAND BLOSSOM~KAMAKURA~』をオープン。
【株式会社HiRAKUhttps://hiraku-japan.com

天野芳恵
果子舗七十二 代表

FOODFASHIONLIFESTYLE…。

これまでの仕事を通して、もの選びの審美眼、美味しいものを見分ける味覚や嗅覚を磨き、店作り、商品開発、そしてブランド育成のノウハウを習得。

現在は、国内外のブランドや百貨店の新規事業企画や商品企画、売り場改革、テーブルコーディネートなど、コンサルタントとして活動中。
神奈川県鎌倉市出身。女子美術大学芸術学部卒業。
【菓子補七十二(再開準備中)】https://kamakura72.official.ec

「日本の当たり前」が、当たり前のまま軽んじられている

奥谷孝司(以下、奥谷): お二人ともこれまで「食」に関わる活動をされています。廣瀬さんはプロスポーツの世界のご出身ですが、現在は宮崎でお米作りにも取り組んでいらっしゃるとうかがっています。廣瀬さんがなぜお米づくりに行き着いたのか、その活動内容について教えてください。

廣瀬俊朗氏(以下、廣瀬): 現役のアスリートだった頃、宮崎県に大変お世話になったんです。宮崎で地域全体を活性化させるようなプロジェクトをやりたいという方に出会って、そのアウトプットの一つがお米づくりだったんですよ。「それなら一緒にやろう」ということで始めたのがきっかけです。

株式会社HiRAKUTOSHI’s NOTE」より

奥谷: 宮崎のどちらでつくられているんですか?

廣瀬: 宮崎市内の青島の近くにある加江田という場所です。

奥谷: 宮崎は農業が盛んですし、有機農業で有名な綾町などもありますよね。廣瀬さんの場合、最初は知り合いの方とのご縁で始められたとのことですが、元々ものすごく農業に興味があったのでしょうか?

廣瀬: 僕自身、海外遠征などで日本食の良さを再認識することが多くて。日本に戻ると良いお米や発酵食品が当たり前に手に入るのに、その価値があまり認識されていないと感じ、そこを変えたいという思いは強くありました。

奥谷:よくわかります。僕はワインが好きでよく飲むんですが、ワインはいろいろな付加価値がついて高く売れますよね。同じ畑で毎年つくっても味が違うからストーリーになる。日本酒だって本当は銘柄ごとに繊細な違いがあるのにあまり語られず、製造工程の手間からすると価格も安く売られている。味わえばすごく美味しいのに、なんとなく若者の日本酒離れが進んでいる。お米も同様です。日常の「当たり前」のものって、軽んじられがちですよね。そこは確かに変えていきたいところだと強く思います。
廣瀬さんはお米づくりは始められてどれくらいになるんでしょうか?

廣瀬: 5年目になります。

奥谷: 2025年度のお米はECサイトではソールドアウトになっていますね。

廣瀬: もともとの生産量が少ないですし、お世話になった人にお渡ししていることもありますが、田んぼでの活動を一緒にしたりすることによる、コミュニティづくりを大切にしています。リピーターの方が買い支えてくださっている感じです。

奥谷: 体験も含めて提供されていて素晴らしいですね。廣瀬さんはマルコメさんとも味噌や糀甘酒などでプロジェクトを共にされていますが、今後さらにアイテムを増やす予定ですか?

廣瀬: いえ、今のところはご縁のあるものを細く長くといった感じです。むやみに手を広げるつもりはありません。お米も自分たちだけですべてつくっているわけではなく、宮崎の現地の方と一緒にやっていますから。信頼できるパートナーが見つかれば新しいこともやるかもしれませんが、現状は身の丈に合った範囲でやっています。

奥谷: お米と言えば、Super Normalで日本酒「MEGURU」のクラウドファンディングをちょうど始めました。アメリカ・ポートランドの「Salmon-Safe」という、水質保全に取り組む認証を、兵庫の酒米が日本で初めて取得しました。Salmon-Safeはロゴもかっこいいのでぜひ広めていきたいと思っています。

Makuake飲むことで水や環境が守られる。Salmon-Safe認証の日本酒「MEGURU

廣瀬: ラベルもオシャレだし、僕も個人的に1本欲しいと思いました。

奥谷: ありがとうございます。漢字じゃない日本酒があってもいいと思ったんです。顧客体験にもこだわって、違う意味で「手に取ってみたくなる」ようなお酒にしてみました。

皿から食、そして「贈り菓子」へ。天野さんの食の沼

奥谷: では次に天野さんのお話に移りたいと思います。天野さんとはオイシックスでご一緒したのがご縁です。当時、オイシックスが苦手としていた実店舗の運営を任されていたのが天野さんでしたよね。一方、キャリア全体で見ると天野さんはずっと食の世界に関わってこられた印象があります。お菓子屋さんを始められたのもその延長線上にあると思うのですが、やはり子供の頃から生粋の食いしん坊だったんでしょうか?

天野芳恵(以下、天野): そうですね(笑)。食べることは昔から大好きでした。

奥谷: やっぱり! では食の道に入ったきっかけは何だったんですか?

天野: もともとは実は雑貨スタートなんです。新卒でサザビーリーグに入社して、その子会社のエストネーションでアパレルをやっていました。でも最初に勤めた洋食器の会社での経験が大きくて。私が社会人になった頃って、テレビ番組「料理の鉄人」が全盛期だったんですよ。初代フレンチの鉄人・石鍋裕さんのお店にうちの会社の皿を卸していまして、納品に行くと「せっかくだから食べていきなさい」って言っていただけるんです。それで実際にフレンチのフルコースをご馳走になったり(笑)。また、新宿にパークハイアットが開業した時にはブライダルギフト用の食器セットも納品していたので、いろんなレストランや百貨店に配達に行っては、そのお店で食事をさせてもらう機会が多かったんです。それが食の世界にハマった最初のきっかけですね。

奥谷: その後がDEAN & DELUCAですか?

天野: そうです。DEAN & DELUCAは扱うのが食材そのものなので、「食品の知識がないと働けないよ」と言われて、「それなら勉強しなくちゃ」と切り替えて、それからは生産者訪問に明け暮れました。フランスの南仏に行ってワイナリー巡りをしたり、イタリアもシチリアからトリノまで主要な生産地をほとんど回りました。DEAN & DELUCAは地中海性気候の土地の食材を売る店なので、カリフォルニア・南仏・イタリアといった地域には随分行かせてもらい、現地で旬のものを食べ、その土地の食文化を肌で感じることができました。

奥谷: 今につながる「旬」の食との出会いですね。

天野: 「この季節にはこれを食べなきゃ!」といつも考える仕事になったことで、徐々に「七十二(=二十四節気七十二候)」の発想にもつながっていくんです。やっぱり私、美味しいものを食べるのが根っから好きなんですよね。最初はお皿(食器)が好きで、盛り付けの美しさに惹かれていたんですけど、そこからどんどん料理そのもの、食材そのもののディープな部分にハマっていって……気づいたら沼のように深みにハマってしまった感じです(笑)

奥谷: 見事に“食の沼”に浸かってしまった、と(笑)。鎌倉でお菓子屋さん(当時「かまくら七十二」、現「果子舗七十二」)を始められましたが、コロナ禍もあってリアルなお店の大事さを痛感する中で、改めてもう一度お店をやりたいと思った理由は何でしょう? そもそも最初にお菓子屋さんをやろうと思ったきっかけは?

天野: きっかけはDEAN & DELUCA時代に遡るんですが、手土産(お持たせのお菓子)を選ぶ機会がものすごく多かったことなんです。DEAN & DELUCAの横川代表とよく仕事をしていて、「手土産に良さそうなの用意しといて」とよく頼まれたんです。でもなかなか印象に残る手土産って見つからない。「○○で有名な△△さんのスイーツ」みたいなのはいくらでもありますけど、「知らないものを渡して驚かせたい」「なるべく珍しいものをあげたい」と思いますよね。「え、これ知らないでしょ?」って相手が驚くような、記憶に残るものを探したい。でも既製品ではなかなか無い。じゃあ自分でつくってみようかなと思ったのが最初です。

奥谷: 「つくってみよう」を実現する行動力が天野さんらしいと感じます。

天野: ちょうどその頃に独立することになりまして、翌年には個人で動き始めたんです。業務委託で複数の企業のお手伝いをしながらでしたが、自分の本当に好きなことを表現する場が欲しくて。それで「お店をやってみよう」と踏み切りました。最初につくったレモンケーキには特に思い入れがあります。世の中にレモンケーキってたくさんありますけど、自分が食べた時に「こんな酸っぱいレモンケーキがあるんだ!」とか「こんなに木の実がゴロゴロ入ってて口の中いっぱいに広がるお菓子があるんだ!」って驚きが欲しかったんです。そういう、食べた人の記憶に残るものをつくりたくて始めた、というのはありますね。

奥谷: レモンケーキ自体は決して珍しいお菓子ではないですが、「こんなレモンケーキ初めて!」と思わせる味を目指されたわけですね。お二人とも、そういう意味ではそれまでのキャリアを活かしつつ、別の領域から食に新しいチャレンジをされていますよね。実は僕も同じで、僕は無印良品時代は家具とか衣服畑でしたが食は未経験で、「ネットで食を売ってるこの会社面白いな」と思ってオイシックスに転職した経緯があるんです。

「答え」より「態度」。コンパスを持って進む

奥谷: 三人とも、それぞれ違うアプローチで食に挑戦しているところが共通しているなと感じます。ただ挑戦って簡単ではないですよね。でも、目の前に来たチャンスを全部「とりあえずやってみよう」という姿勢で仕事を選んできたんじゃないかと思うんです。結果としていつも食に関わる話が舞い込んできて、気づけばずっと食の世界にいる。でも「食にこだわって絶対食以外はやらない」と決めていたわけでもなくて、たまたま好きだからやっていたら食だった、みたいな。

廣瀬: 確かにそうですね。好きだからこそ続いている、と。

天野: おっしゃる通りだと思います。

奥谷: 僕自身、Super Normalという活動をやりながら常々思うのは、結果が出るかどうかわからなくても態度(アティチュード)を示すことが大事じゃないかということなんです。今回日本酒をつくりましたけど、前職の無印良品のように、1アイテムで何百万円、何千万円売れる規模ではありません。それに対して「意味あるの?」なんて言われたりもするんです。でも僕らSuper Normalは、ただ商品を売るというより社会的な態度表明をすることに意義があると思っています。答え(アンサー)は地図かもしれないけど、態度(アティチュード)はコンパス。コンパスが示す方向は一見間違っているように見えても、もしかしたら地図にないゴールに辿り着くかもしれない。僕はお二人からすごく前に進もうとする姿勢を感じています。

デジタル×リアル。コミュニティとしての店舗へ

奥谷: 廣瀬さんはリアルの場であるカフェも手がけられているんですよね。

廣瀬: 「CAFE STAND BLOSSOM」を2023年に鎌倉でスタートしました。ドリンクやスイーツ、発酵食品など、素材にこだわったものを取りそろえていましたが、実は今春に天野さんにも手伝っていただき葉山に移転予定で、今はその準備を進めています。

奥谷: どうしてリアルの場を構えたいと思われたんでしょうか?

廣瀬: 先ほどお話ししたお米づくりにもつながりますが、地方に行ったり食のことを学んだりする中で、改めて日本の食の良さを実感しました。その素晴らしさを伝えていく場として、カフェに挑戦しようと思いました。

奥谷: 「コミュニティづくりを大切にしている」とおっしゃっていましたが、カフェもそれを体現する場ですよね。

廣瀬: 鎌倉では、甘酒や発酵食品を中心に「心と身体がひらく場」を少しずつ形にすることができたと感じています。

鎌倉でのCAFE STAND BLOSSOM(現在は葉山へ移転準備中)

天野: 奥谷さん、先日ニューヨークに行かれていましたよね。アメリカではリアル店舗がコミュニティ化していると聞きます。

奥谷: 小売業界はコロナ禍でリアル店舗が一気に苦境に立たされました。アメリカではその上人件費も高騰して、むやみに店舗を増やせない状況になった。だからこそデジタルで顧客と程よく繋がりつつ、店舗では上質な顧客体験を提供することに力を入れているように思います。

天野: 店舗が持つ価値が、コロナ禍で変化したということでしょうか。

奥谷: 結局、「プロダクト・サービス・コミュニティ」が大事だと言われますね。商品(モノ)とサービス、お客さまとのコミュニティ、さらには生産者とのコミュニティもすごく大事。それらを大切に育てながら、同時に今の時代はデジタルもフル活用する。デジタルを上手く使いつつコミュニティをつくるのが重要ですね。でもそれだけでお客さまが満足するわけではない。デジタル疲れもあるし、癒やしも求めているはずです。

天野: だからこそ、店舗のような人が集う場が大事だとも言えますよね。

奥谷: 「ちょっと高くても、それを食べたり飲んだりしてホッコリ幸せな気持ちになれる」―そのためにはリアルな場とか、人のもてなしも含めて組み合わせ方が大事ですよね。廣瀬さんのカフェをそういう場にしていくとか、イベントを開いて商品を実際に体験してもらうとかが素敵じゃないですか。

天野: 素敵です! 小さな活動をしている人たちもみんな廣瀬さんのお店に集まって、輪を広げていけたら最高ですね。デジタルの方は奥谷さんに頑張って広めてもらって……(笑)

奥谷: はい、任せてください(笑)

これからのふつうとは? 糀と「おばあちゃんの台所」

奥谷: Super Normalは「ふつう」という概念を大切にしています。「これから先の“ふつう”とは何か」「次世代に当たり前になっていてほしいものは何か」。食の領域で廣瀬さん、いかがでしょう?

廣瀬: 発酵文化をもう一度当たり前にしたいですね。たとえば糀(こうじ)。糀って日本が誇る発酵の要ですけど、もっと世界に広がって「日常のふつう」になったら面白いなと。甘酒なんかも糀でつくりますがノンアルコールですし、ヘルシーで美味しい。まさに日本らしい発酵食文化なので、糀や甘酒が世界中で当たり前に楽しまれる未来が来たら素敵だなと思います。

奥谷: 確かにとても日本的だし、健康的ですもんね。では天野さんはどうでしょう。

天野:私は今旅館の仕事にも関わっていまして、それも影響しているんですが、昔ながらの暮らしを見直したいという思いが強いです。「おばあちゃんの家の台所にあるような調味料だけで料理する暮らし」って憧れませんか? 要するに、レトルトや化学調味料に頼らない食生活です。

奥谷: いわゆる料理の基本の「さ・し・す・せ・そ」(砂糖・塩・酢・醤油・味噌)だけがそろっている感じですね。

天野: そうです。今はどこの家庭にも賞味期限の長い加工調味料がたくさんありますよね。市販の合わせ調味料とか、○○の素とか……。ラベルの原材料を見ると知らない名前(添加物)がズラッと並んでいたりする。でも本当に安心できる調味料って、おばあちゃんの台所に置いてあるようなものの名前しか書いてないんですよ。そういうシンプルで正直な調味料選びが、今の若いお母さん世代でもできるようになってほしい。それが一番“ふつう”で健全な食生活だと思うんです。昔は当たり前だった姿なんですが、今はちょっと忘れ去られちゃってますよね。

奥谷: まさに天野さんのおっしゃる通り、「そこにある食材本来の良さを大事にして、おいしく楽しく味わいながら、みんなでヘルシーに、食品ロスなく食べ切る」。お菓子もおやつも健康的なものをしっかり食べられれば、社会全体がより良くなると思います。そんな良い食の循環を回していけるといいですよね。

「七十二」季節と暮らしを取り戻すためのコンセプト

奥谷: ところで天野さん、二十四節気七十二候という旧暦の考え方をブランド名に掲げたのはどうしてでしょう。

天野: 私がその暦の存在を知った時、言葉にできないくらい感動したんです。昔の人は暮らしのすべてを季節と共に営んでいたんだなって。虫の声が聞こえ始める頃とか、雪が溶ける頃とか、そういう小さな自然の変化を表す言葉が暦になっている。私もいつかそんな季節と寄り添う暮らしがしたいという憧れがずっとあります。

奥谷: 二十四節気や七十二候は、知っているようで知らないことも多いです。

天野: かまくら七十二を立ち上げた最初の1年間は、七十二候それぞれに合わせて5日に1回コラムを発信すると決めていたんです。私ともう一人のスタッフで1候ずつ交替で担当して、「○○の候にはこれをするべし!」みたいな内容を必死で更新していました(笑)。お店で売るお菓子だけじゃなくて、畑で田植えをしたり、家では季節の掃除をしたり……とにかく1年中やることがあって忙しい! 昔の人ってこんなに忙しかったのかって驚くほどでした。

奥谷: それも忘れられた日本の「ふつう」ですね。

天野さんが発信していた二十四節気や七十二候のコラム

天野: でも、それこそが本当の営みなのかなと思うと素敵だなあって。いつか廣瀬さんも巻き込んで、「みなさーん、今日は七十二候にちなんだお掃除の日ですよ~!」なんてイベントをみんなでできたらいいな、なんて夢見ています。

廣瀬: やりたいですね!

奥谷: まさに日本人の暮らし本来の姿をふつうに戻す活動ですね。今後、廣瀬さんのお米×Super Normalのコラボ、天野さんのお菓子×Super Normalみたいな企画もぜひやりたい。一緒にそういうことができれば嬉しいです。

廣瀬: こちらこそ、ぜひ一緒にやりましょう。楽しみです!

天野: よろしくお願いします。ワクワクしますね。

奥谷: 本日は本当にありがとうございました!