わたしの「超ふつう」#02

ケヴィン・スクリブナー × 奥谷孝司 対談

「見えないものをデザインする」。
生態系の健全性が「Super Normal」になるとき。

ケヴィン・スクリブナー
Salmon-Safe 

ワラワラ流域におけるSalmon-Safeの農業分野のアウトリーチをリードするとともに、州・連邦レベルの政策や特別プロジェクトに関してSalmon-Safeへの助言を実施。ワラワラ・バレーのオレゴン州側を拠点に、Pacific Riversでの設立当初から、Salmon-Safeの取り組みにほぼ創設期から深く関わり、その方向性の形成にも寄与。自然資源の計画策定・管理、地域の文化的発展、オルタナティブな食のシステム、生態系の修復、商業漁業に至るまで、幅広い分野で豊富な経験を有しています。現在はWalla Walla Basin Watershed Councilの理事を務め、二州(ワシントン州・オレゴン州)にまたがるWalla Walla Watershed Allianceでは流域アドボケイト(提言担当)として活動をしている。また長年にわたり、ワラワラAVA(公認ブドウ栽培地域)のブドウ畑・ワイナリー関連組織Vineaのコンサルタントも務め、内陸コロンビア盆地におけるSalmon-Safeの実装パートナーとして重要な役割を担っている。

【Salmon-Safe】https://salmonsafe.org

「里海」という概念:太平洋を共有する遺産

奥谷孝司(以下、奥谷): 僕がSalmon-Safeと出会ったのは2022年にポートランドを訪問したときでした。日本ではこういった認証は堅苦しい印象ですが、Salmon-Safeを見た際にクールさを感じて、このようなローカル認証がこれからの購買意思決定の指針となり得るだろうと直感しました。

改めて、なぜサケ(Salmon)なのか、Salmon-Safeが誕生した背景などを教えてください。

ケヴィン・スクリブナー氏(以下、ケヴィン): 沖縄県恩納村で開催された「里海会議」のプレゼンテーションで、私は「里海(Village Ocean)」という概念についてお話ししました。私たちサケに関わる人間にとっての「村(Village)」とは、単なる地元の湾のことではありません。それは北太平洋全体を指します。いわば「サーモン・ネイション(サケの国)」なのです。

サケは米国の西海岸を離れると、何千マイルも旅をして日本とも海を共有します。その回遊ルートの地図こそが、私たちが共有する「里海」の姿です。私たちは、その旅の全行程に目を向けなければなりません。

奥谷: その視点は深く響きます。「里山」「里川」、そして「里海」の間にある隔たりを埋めてくれるものです。都市や農場での僕らの行動が、深海とつながっていることを示してくれていますね。

ケヴィン: その通りです。サケは偉大な「コネクター(つなぎ役)」なんです。アイダホ州の森に住むグリズリーベアの毛から、海洋由来の栄養素が見つかったという研究結果があります。海から何百マイルも離れた場所ですよ。サケが海の栄養を川へ運び、それがクマや木々を養っているのです。彼らは何千年もの間、森への「ギフト・ギバー(贈り主)」であり続けてきました。

Salmon-Safeの起源:保全ツールとしての市場

奥谷: Salmon-Safe90年代に始まったと伺っています。なぜ政府の規制ではなく、市場原理に基づくアプローチを選んだのですか?

ケヴィン: 1990年代、太平洋のサケの遡上数は壊滅的な状況にあり、「絶滅の危機に瀕する種の保存法(ESA)」の対象リストに加えられるほどでした。政府の規制は公有地ではうまく機能しますが、私有地ではしばしば対立を生みます。地主たちは「なぜ自分の土地の使い方を指図されなきゃいけないんだ?」と反発するわけです。

そこで私たちは別のツールが必要だと気づきました。自発的なインセンティブに基づいたツールです。私たちは市場の力を活用したいと考えました。「Salmon-Safe」というラベルを作れば、正しい行いをしている農家や開発者を評価し、報いることができます。消費者がきれいな水のために「投票」できるようにしたのです。

奥谷: なぜ、特にサケに注目したのでしょうか?

ケヴィン: サケは象徴的な存在だからです。しかし、この土地の先住民族にとって、そのつながりはもっと深く、「トーテム(部族の象徴)」的で精神的なものです。私たちは、この魚の存在を当たり前だと思ってはいけないと痛感しました。かつてツナ缶で「ドルフィン・セーフ(イルカを守る)」運動があったように、私たちはすぐに認知してもらえるよう「サーモン・セーフ」という名前を採用したのです。

都市の生態学:レモンをレモネードに変える(逆境を機会に)

奥谷: 都市部への適用について非常に興味があります。重要な事例としてナイキの本社を挙げていましたね。

ケヴィン: ええ、ナイキはパイオニアでした。彼らはオレゴン州にあるキャンパス(本社敷地)で「もっと良いこと」をしたいと、私たちに相談に来たのです。都市部では、雨が降るとコンクリートに当たり、タイヤの摩耗粉(6PPDキノンという有毒物質)や油を洗い流して、そのまま川へ流出させてしまいます。これが魚にとって大きな脅威なのです。

そこでナイキは、キャンパスがスポンジのように機能するよう設計しました。自然の景観を利用して雨水を捕まえ、ろ過するのです。当時の経営陣はアウトドア活動を強く支持していましたから。そしてご存知の通り、ナイキはブランディングの達人です。私はよく言うんですが、サケという魚自体が「スウッシュ(ナイキのロゴ)」のようなものです。それ自体が多くの意味を持つシンボルなのです。

奥谷: 日本にとって非常に力強いストーリーです。日本では洪水や「ゲリラ豪雨」など、水に関する多くの災害に直面しています。都市は水をできるだけ早く排出しようとしますが、それが下流域で問題を引き起こすこともあります。

ケヴィン: その通りです。米国には「レモン(酸っぱい失敗や試練)を与えられたら、レモネード(甘くて美味しいもの)を作れ」という諺があります。雨水(ストームウォーター)は厄介な「レモン」です。しかし、それを使って都市の人々と自然を再び結びつけることで、美味しい「レモネード」に変えることができます。オフィスから川が見えなくても、道路の雨水を管理することはサケとつながることなのです。ナイキのキャンパスのような場所を視察することは、日本企業にとっても大きな刺激になると思いますよ。 

製品を超えて:教育とストーリーテリングを通じて育む「流域への意識」

奥谷: このムーブメントを日本で広げるには、単なる製品だけでなく、教育やストーリーが必要です。

ケヴィン: 同感です。私は学生向けの「Salmon-Safe ディプロマ(卒業証書)」を夢見ています。子供たちが小学校から高校まで、自分たちの住む流域について学ぶカリキュラムです。

奥谷: 「認証」と「理解」の間にあるギャップも埋める必要がありますね。それから、映画の話もありましたね?

ケヴィン: ええ、私の友人でありパートナーの マーク・タイタス が制作したドキュメンタリー三部作です。『ザ・ブリーチ(The Breach)』、『ザ・ワイルド(The Wild)』、そして現在制作中の『ザ・ターン(The Turn)』です。これらの映画は頭だけでなく、心に訴えかけます。野生のものに対して私たちが持っている根源的な意識を見せてくれるんです。これらの映像を日本でシェアすることは、「流域への意識(Watershed Consciousness)」を目覚めさせる素晴らしい方法になるでしょう。

「サステナビリティ」を超えて──Super Normal(超ふつう)」という新たな基準

奥谷: 最後に、Super Normalのミッションについて伺わせてください。私たちは「サステナビリティ」という言葉がバズワード化し、本来の意味を失いつつあると感じています。「私たちは何を維持しようとしているのか?」と問わなければなりません。もし現在の「ふつう」が壊れているのなら、それを維持すべきではありません。我々には『Super Normal(超ふつう)』が必要なんです。卓越した新しい基準です。

ケヴィン: それこそが、あなたのブランドの力ですね。「ふつう」という概念を打ち破ろうとしている。Salmon-Safeを日本に導入することで、あなたは単にラベルを輸入するだけでなく、「サステナビリティ2.0」を導入しようとしているのです。

ベースラインを刷新する必要があります。今あるものをただ維持するだけでは不十分です。まずは豊かさを回復(リストア)しなければなりません。あなたのSuper Normalというコンセプトは、人々にこう問いかけます。「私たちの水は飲めるのか? 泳げるのか? 魚が住めるのか?」と。それが誰にとっても当たり前の「ふつう」であるべきなのです。

奥谷: その通りです。日本の流域と米国の流域をつなぐことで――姉妹都市ならぬ「姉妹流域(Sister Watershed)」プログラムのような形で――この新しい基準を評価する市場を築くことができるはずです。自然を守るという特別な行為を、ごく単純な「ふつう」にすること。それがSuper Normalが目指すところです。