村岡 浩司
株式会社一平ホールディングス 代表取締役
1970年、宮崎県生まれ。人口12,000人のまち、宮崎市高岡町で廃校となった小学校をリノベーションし、カフェやシェアオフィス・コワーキングを併設するMUKASA-HUBを運営。“世界があこがれる九州をつくる”を経営理念として、九州産の農業素材で作られた「九州パンケーキミックス」をはじめとする商品開発の他、カフェ・飲食店を国内外に展開。食を通じた地域活性化やコミュニティ創生にも取り組んでいる。
【一平ホールディングス】 https://ippei-holdings.com/
九州を「アイランド」として捉え直す

奥谷孝司(以下、奥谷): 村岡さんといえば、九州全体を一つの「アイランド(島)」として捉える、そのマクロな視点が非常にユニークだと感じています。普通、地域活性というと、宮崎とか福岡とか、どうしても「県」単位で物事を考えがちですよね。村岡さんは宮崎出身ですが、なぜ県境を越えた「アイランド」という視点を持つに至ったのでしょうか?
村岡浩司氏(以下、村岡): 僕はもう20年以上、ずっと地域というものに関心があるんです。昔はそれこそ、自分の街の商店街をどうするか、といった目の前の分かりやすい場の話でした。
ですが、だんだんと視点を俯瞰して、もっとマクロ的に見るようになっていくと、ある時点で「島だ」ということに気づくわけです。九州は、「アイランド」である、と。
この視点に立った瞬間、それまで行政区分という町村単位の壁に隠されていたものが溶けて、全く違う景色が見えてきました。
例えば、農業分野における品種の多様性。おそらく国単位で見ても九州はアジアでナンバーワンの多様性を持っていると僕は思っています。わかりやすいのが柑橘で、小さな金柑みたいなものから、大きな晩白柚(ばんぺいゆ)まで、20種類ぐらいがずらっと並ぶ。
さらに興味深いのは、現代の柑橘類のルーツをたどると、日本古来の香酸柑橘である「橘(タチバナ)」という始原的な果実に行き着くという点です。タチバナは『古事記』や『日本書紀』にも登場し、“非時香菓(ときじくのかぐのこのみ)”として不老不死を象徴する特別な実とされてきました。その自生地のひとつが、宮崎県高原町に残っています。タチバナは、温暖で限られた環境にのみ群生する特性があり、太陽の巡り(夏至ライン)や日本のアニミズム・神話的世界観とも深く響き合う存在です。こうした背景を知ると、高原町に息づくタチバナが、九州の自然と文化を結ぶ“宝”の象徴として見えてくるんです。
奥谷: それはすごい話ですね。神話と自然科学が地続きになっている。
村岡: そうなんです。こういう面白さが九州の特徴です。でも、こういう文脈での「九州」という価値はなかなか載っていないんですよ。
奥谷: まさに「発見されていない島」ですね。
村岡: だから僕は、「発見されていない島を発見した」という興奮に包まれて、ずっと九州を旅している感覚なんです。
価値のパラダイムシフト — 「財務価値」から「共感資本価値」へ
奥谷: その「発見されていない価値」というお話に繋がりますが、この20年ほどで、企業や商売の「価値」を測るモノサシそのものが、大きく変わったと感じませんか?
かつては、地方で小さな商売をやっている人たちは、どうしても都市部の効率や価格、生産性といった「財務価値」のモノサシで測られて、ある種の劣等感を持たされていたように思うんです 。
村岡: まさにおっしゃる通りです。僕らも同じ世代ですから実感がありますが、人間が本当に集中して経済活動をやる期間って、だいたい40年ぐらいじゃないですか。そう考えると、僕らはもう折り返しを過ぎている。折り返しを過ぎると面白くて、20年前からの「繋がってる線」がはっきりと感じられるようになります。
20年前頃の価値基準は「効率だ」「生産性だ」「価格だ」という話でした。企業価値とはイコール「財務価値」であり、誰もがそこに憧れていた。だからこそ、地方で小さい商売をやっている人たちは、皆劣等感を持っていたと思うんです。
それが2015年頃になると、SNSの普及によって「多様な価値」が可視化され始めました。「シェア」という感覚が広がり、クラウドファンディングに代表される「応援購入」という言葉も生まれました。
そして今。事業として成り立たせるために「財務価値」が大切であることは変わりません。どう売るのか、どう収益をつくるのかは、これまでどおり重要な軸です。
しかし、そこに新たな価値軸が加わりました。それが「共感資本価値」です。言い換えれば「共感経済圏」とも呼べるもので、共感や応援が企業やプロジェクトの力になる時代が来たということです。
いまの企業価値は、「財務価値」と「共感資本価値」の“掛け算”で決まっていきます。そう考えると、地方であっても、小さな取り組みであっても、劣等感を抱く必要はない。むしろ、共感を生み出せる事業こそ強い時代になってきたと感じます。
奥谷: めちゃくちゃ共感します。僕も常々「量の経営から質の経営へ」と言ってきました。売上至上主義や市場シェアの追求は、会社を大きくするには良いかもしれませんが、それが持続可能かどうかはわからない。
むしろ、デジタルが浸透した今だからこそ、顧客と直接つながり、「共感経済圏」を築けるようになった。まさに「つながりの商い」です。小さいことこそが逆に強みになる時代ですよね。村岡さんが見出されている地域の「ふつう」や「当たり前」というのは、まさにこの「共感資本価値」の塊なんだと思います。
村岡: そうなんです。そして、その「共感」も、いわゆるシェアされるとか、応援されるという、目に見える「いいね」の数のような視覚的なものから、さらに5年後、10年後には、もっと「深さ」に変わっていくような気がしています。
だから、SNSのフォロワーはそんなにいないんだけど、めちゃくちゃ売れている、とか。そういう世界が来る。
そうした時に、僕が20数年前からずっと抱いていた「地域」とか「ローカル」という関心事が、やっと自分の中で、経済の文脈として説明できるようになったと感じています 。
九州に眠る「超ふつう」の輝きを有するローカル・プロデューサーたち
奥谷: その「共感資本価値」の塊である九州の「ふつう」や「当たり前」について、ぜひ具体的なお話を伺いたいです。村岡さんが注目しているSuper Normalな事例を教えてください。
村岡: 僕はコロナ禍をきっかけに九州アイランドプロジェクトというものを立ち上げました。これは、九州のものづくり企業が共同でテストマーケティングの場を作るような試みです。Makuakeとも事業連携して、クラウドファンディングで新商品を発表し、その数は90になりました。ここで取り上げた商品は、Salmon-Safeのような厳格な認証とは違いますが、僕らが九州を感じる「村岡基準」のものが集まっています。これらの商品たちも、僕にとっては九州のふつうだと言えます。

【MakuakeのKYUSHU ISLANDプロジェクト】 https://www.makuake.com/partner/kyushuisland/
奥谷: 僕も何度か応援購入をさせてもらいましたが、現地を訪ねないと出会えない魅力的なものばかりですね。

村岡: もちろん、まだクラウドファンディングでは紹介していない魅力的なものが、九州にはあふれています。昨日、福岡の大川というところで、300年以上続いているお酢の蔵元から相談を受けました。もともとは酒蔵だったんですが、ある時、お酒が腐敗する「産膜(さんまく)」が起こって使えなくなった。そこで蔵をお酢造りに変えたら、どうも具合がいいぞ、と。今、15代目で30代の若き社長が継いでいます。
彼から受けた相談の「質」が、むちゃくちゃ面白いんですよ。「こういう商品を作りたいから、どう思いますか?」という売り方の話じゃないんです。「これからの社会の中で、我々(蔵)は、どうあるべきなのでしょうか?」「自分は後継ぎとして、どう生きていけばいいのでしょうか?」と。まさにデザイン経営の本質そのものです。
奥谷: 自分の存在意義(パーパス)を問うているわけですね。
村岡: そうです。でも、こんな300年の歴史を持つ蔵が、九州の中に「当たり前」に存在していること自体、全国、そして海外にはなかなか伝わっていかない。地域の人にとっては当たり前すぎて、競争相手が全国の有名どころになってしまう。でも、南国でしかできない長期熟成や定置発酵という、鹿児島の黒酢に代表されるようなユニークな技術がそこにはある。その「1分の1」の面白さに光を当てるべきなんです。
奥谷: 当たり前すぎて見えなくなっている価値ですね。
村岡: まさに。あるいは、「消えていくふつう」もあります。熊本県の八代(やつしろ)は、畳表になる「い草」の生産量が日本全体の95%以上を占める町です。僕が関わりだした7〜8年前、農家さんの平均年齢が70歳くらいだったので、今はもう75歳を超えています。産業構造の限界値なんです。このままいくと、あと5年で間違いなく日本の国産い草はなくなります。MADE IN JAPAN の畳が消滅する、まさに「崖っぷち」です 。
でも、この町には、思わず驚かされるような農家さんがいるんです。刈り取ったい草を泥染めし、天日で乾燥させ、織機で丁寧に畳表へと織り上げる。その見事な反物が、蔵の中にずらりと並んでいるんです。「これ、何ですか?」と尋ねると、「ああ、これは金閣寺のために取ってあるんですよ」と答えられました。さらに、「オーダーがあった時に、すぐ出せないと困るからね」と。その言葉に、職人としての覚悟と誇りがにじんでいました。
奥谷: すごい世界ですね……。
村岡: でしょう? でも今や、東京の1億円以上するマンションの畳も、1枚5,000円程度の中国製がほとんどです。国産はその3倍、1万5,000円くらいする。たった1万円の価格差を社会が受け入れなかったがために、この「ふつう」だった産業が、今まさに消えようとしているわけです。
奥谷: 技術や文化の継承が、経済合理性だけで判断されてしまっている。
村岡: 他にも、西日本でたった一軒だけになってしまった軍手(ぐんて)の会社。これも福岡です。もう全部中国製に取って代わられた。でも、ここは技術の塊です。試しにオーガニックの麻を使った糸を引き合わせてもらったら、むちゃくちゃ温度に強いグローブができた。それを庭いじり用や鍋つかみとしてクラウドファンディングで出したら大ヒットしたんです。
奥谷: すごい。軍手が鍋つかみに。
村岡: でも、一回きりなんですよ。むちゃくちゃ可愛くて、品質も最高なのに、それをどう継続して売り出していくかで、みんな足踏みしている。

【Makuakeで販売したキッチンミトン】 https://www.makuake.com/project/gunte-kobo/
あるいは、宮崎県の霧島(きりしま)の山下薬草店。ここは、農家の奥さんたちが霧島連山の山に入って、ドクダミやカキドオシ、ヨモギといった薬草を採ってくる。それを干して、虫や枝を取り除き、製薬会社に卸すのが仕事です。十数種類のオーガニックな薬草がそこに集まる。
でも、彼らは卸屋さんなので to Cの商品づくりが下手なんです。ずっと相談されていて、僕が行き着いたのは、昔懐かしい銭湯の風景。銭湯に行くと、薬草がいっぱい入った袋が浮かんでましたよね。「これだ!」と。40年経って、一般的な入浴剤みたいなケミカルで香料の世界になりましたが、今こそ原点回帰です。薬草を詰めて、ヒノキとかも入れてキュッと縛って、そのままお湯に浮かべる入浴剤。今、その素材を集めてもらっています 。
奥谷: その入浴剤、絶対欲しいです(笑)。文脈をデザインし直すだけで、価値が蘇りますね。

【山下薬草店】 https://www.yakusou-ten.com/
村岡: 九州は食も豊かです。長崎の島原は、もともとそうめんの産地。良い小麦、良い塩、良い水がある。でも、そうめんって乾燥させますよね。その乾燥させる前の「生そうめん」、食べたことありますか?
奥谷: 生そうめん? いや、ないですね。
村岡: これが、とんでもなく美味しいんです。現地では当たり前に食べている風景ですが、これを冷凍して一食ずつ売れないか、とか。
そもそも、長崎に砂糖が伝来したことで、カステラが生まれました。カステラって、もともとは焼き菓子の総称だったんです。そこから「シュガーロード」と呼ばれる文化の伝播が始まります。砂糖と小麦で「マルボーロ」という九州のソウル菓子が生まれ、隣町で小豆(あずき)が採れたから「小城羊羹(おぎようかん)」ができ、マルボーロと小豆が出会って「どら焼き」が生まれる。さらに東へ行くと「金平糖(こんぺいとう)」が生まれる……。こういったさまざまな源流をたどって今の文脈で再編集してみると、如何に九州が宝の山なのかが見えてきます。
県や市区町村の境界を超えて — Salmon-Safeに学ぶ流域経済圏

奥谷: 村岡さんの九州での取り組みと、僕らが「Salmon-Safe」でやろうとしていることは、深くつながっていると感じます。
Salmon-Safe認証の核心は「流域」の視点です。水がきれいになれば、土地が、川が、海がきれいになる。鮭(サーモン)はその循環の象徴です。ポートランドのコロンビアリバーに鮭が遡上することから始まりましたが、日本の川に鮭が上がってこなくても、例えば奈良の吉野ならマスかもしれない。魚が両方の世界(海と川、あるいは都市と農地)を行き来する、その関係性を良くする、という概念なんです。
昨年、神戸の日本酒「環(めぐる)」が、Salmon-Safe認証を取得しました。ただ、この手のビジネスを見ていて思うのは、「認証(Certification)」って、それだけだと、どうにもかっこよくないんです。真面目すぎて、なかなか伝わらない。だから僕は、これを「かっこいいCX(顧客体験)」に変換しようと試みています。
この「流域」という考え方は、当然ながら県境や市町村境を越えていきます。村岡さんが先ほどお話しされた、九州の「アイランド」や「リージョン(広域経済圏)」という考え方と、非常に親和性が高いと感じます。
この視点は、これからの九州の農業や観光、あるいは地域づくりにどんな可能性をもたらすと思われますか?
村岡: この10年間、地方創生が叫ばれてきました。都市への一極集中と人口減少を食い止めるという目的でしたが、ご存知の通り両方とも加速しています。
この10年間の学びで我々がはっきりわかったことは、もはや町村単位では課題解決ができない可能性が非常に大きい、ということです。消滅可能性自治体なんていう嫌な言葉もありますが、自治体の統治機構が消滅しても、そこに住む人たちの暮らしは消滅しません。
自治体の側も、例えば人口1万人の町では、もう役場の募集をかけても若者が来ない。いよいよ限界が来ています。だから、おそらくどこかで令和の大合併が進んでいく。
その時、ようやく国もリージョンと言い出しました。地方創生2.0です。これこそ僕らが7〜8年前から「ワン九州」という研究の中でずっと言い続けてきた「広域リージョン経済圏」という考え方です。九州の市長会も、去年からこのリージョン研究会を始めています。
奥谷: 時代がようやく追いついてきた、と。
村岡: 追いついたというか必然に気づいたんです。当たり前ですよね。
一番わかりやすいのが防災であり治水です。川は繋がっているわけですから、一つの自治体だけで対応するなんて、もう無理なんです。これまでの地方創生、例えばふるさと納税は、ある意味で町村間に壁を立てる政策でした。
これからは、その壁を溶かして、リージョン全体で観光や防災を考えていく。奥谷さんのSalmon-Safeのような話を、もし理解のある複数の首長さん連合(リージョン)で話すことができたら、むちゃくちゃ面白いことができますよ。九州の中であれば、「南阿蘇のあそこと、霧島のここなら繋げられる」という場所が、僕の頭の中にはもう見えています。
そうしたマクロなリージョンの動きと同時に、九州を見ていると、今度はむちゃくちゃマイクロビジネスが起こっている気がしています。
それは、かつてのように生きていくためにというのとはちょっと違う。自分たちの生き方、ライフスタイルみたいなものを表現する一つの手段として、「商い(あきない)」がある。SNSなどで誰でもメディアになれるし、全員が表現者である時代が来ている気がします。
奥谷: デジタルとかテクノロジーが、身体性を超えて働き方を楽にしてくれる、と言われても多くの人はピンとこないですが、結局そういうことだと思うんです。
一人、もしくは少人数で1億とか2億ぐらいの売上がつくれる時代になった。
その時、最後に問われるのは、「あなたのコンセプトは何ですか?」ということです。そして、そのコンセプトが社会性に寄れば寄るほど、単なる応援購入を超えた、本質的な共感購入に結びついていくんだと思います。
「待つこと」を許容する、豊かな経済へ
奥谷: 一方で、デジタルの通販(EC)の世界は、どうしても「速さ」を求めがちです。僕も長くデジタルに関わってきましたが、「いかに速く届けるか」が価値とされてきた。
しかし、クラウドファンディングもそうですし、僕らのSuper Normalなものづくりも、受注生産だったり、古い機械でゆっくりつくったりすると、どうしても時間がかかります。
この、従来のECが求めてきた「速さ」から離れることの価値をどうお考えですか?
村岡: 先ほど九州アイランドのクラウドファンディングのことをお話ししましたが、クラウドファンディングによってお客さんが平気で2ヶ月、3ヶ月待つようになりましたよね。僕は、それでいいという時代になってきたんだと思います。
本当に良いと思える生産者や工場を、もう一度掘り起こしていく。彼らとある種の「共同体」として、僕が受注したものを彼らが作り、それを送る。当然、時間はかかります。でも、それでいい。
奥谷: まさに。「待つ」こと自体が、価値になっています。
村岡: 一方では、体験を損ねてしまう「待つ」もあって、それを解決した例もあります。沖縄に「ブエノチキン」というローストチキンのお店があるんですが、人気が出て観光客が並ぶようになると、地元の人が買えなくなってしまった。それを嫌った娘さんが「ご近所さん専用電話」をつくったんです。
奥谷: めっちゃいい話ですね、それ。

【ブエノチキン】 https://www.buenourasoe.com/
村岡: これこそが、安易に量の経済に向かわずコミュニティを守る姿勢です。一番最初に応援してくれた人を、一番大事にする。
僕は来年からこういう九州の面白い人たちを全力でサポートすることに全振りするつもりです。
奥谷: 村岡さんとお話ししていると、いつも「ふつう」とは何か、その価値について深く考えさせられます。今日は本当にありがとうございました。